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翻訳家ジョン・ネイスンさん：三島、大江、安部公房−−夢の日々を振り返る（その２止）ジョン・ネイスン米カリフォルニア大教授　　◇６０年代、強烈な「文士」たち　−−三島由紀夫とのつきあいは？　　（ドナルド・）キーン先生が三島の翻訳を降りたので、翻訳家を探していたんです。それで僕が「午後の曳航」を訳した。その評判が良くて次作もと。「絹と明察」を渡されて「ノーベル賞一緒にとりましょうや」と言われました。翻訳がないと、ノーベル賞は取れませんから。　−−引き受けた？　　僕は２３歳でしたから、三島の言葉に酔っちゃった。読む前に、その場で「はい」と言ってしまった。三島が自分の父親について書いたと聞きました。でも、読んでみたら、ぜんぜん訳したくなかった。飾り気が強すぎて、言葉がジャングルみたいにからみあっていて。空虚で説得力がないと感じた。三島には「金閣寺」「仮面の告白」といった良い小説がたくさんある。（「絹と明察」は）その中に入らないと思うんです。しかも訳すのは難しい。「うんざりだ」という結論に達した。　−−そのころ、大江健三郎の「個人的な体験」に出会った。　　すごみのある文体で書かれていて、ほれたんです。大江さんには、三島さんの家で会った。ヘンリー・キッシンジャー氏（元米国務長官）が主催する国際ゼミに出席するというので、英会話を教えてほしいと言われて、（米国の作家・詩人の）ジョン・アップダイクとか、いろいろな人について話した。　−−英会話のレッスンに文学談義を？　　大江さんがまだ読んでいないだろうと思う本を選んで紹介するんだけど、全部読んでいて、必ず僕が負けちゃうの。アップダイクが「走れウサギ」を書いたころで、「大江さん、まだ読んでいないでしょうね？」と聞いたら、「読んだよ」と。それで「ジョンさんはアップダイクの詩は読んだことある？」と聞く。僕は読んでいない。そんな具合でね。大江さんがゼミに行っている間に「個人的な体験」を訳し始めた。　−−自伝には文壇の思い出を？　　６０年代の文壇には、後にも先にもないような強烈な「文士」が集っていました。僕が恵まれていたのは、当時、日本文学を勉強して翻訳もしようという外国人がいなかったことです。大江さん、安部（公房）さんは親友だったし、映画監督の勅使河原（宏）さんとか、大物がみんな僕とつきあってくれた。夢のようなすばらしい体験でした。今は、村上隆ちゃんとたまに会うくらい。日本に来ても寂しいね。　−−銀座の有名な文士バーにも通ったとか？　　初めは大江さんに連れて行ってもらって、毎晩のように入り浸った。ママさんが京大出だったんですよ。僕はただで入れてもらっていた。同じ晩に川端（康成）、三島、遠藤（周作）が来たり、夜中に食事に行って、へべれけになってステーキを食べながら、石川淳が漢詩を教えてくれる。あの当時でなければありえない雰囲気でした。　−−その少し前の作家、泉鏡花や永井荷風は好きですか？　　大好き。かなり読んでいますよ。特に夏目漱石が大好きです。彼は小説家である前に、学者なんですよね。日本一の漢詩の書き手だし、イギリスに行く前に書いた英語のエッセイは想像を絶するほど。天才的にすばらしい英語です。方丈記（鴨長明）の翻訳は完璧です。ちょっとふるめかしい感じですが、方丈記の英訳では一番だと思います。　　　◇居酒屋で「漢字の書きっくら」　−−なぜ、今自伝を？　　４人の子供たちに「父親も捨てたもんじゃない」と伝えたかったからです。僕という人間が、日本で何者だったか。当時の文壇の人間像に光を当てる狙いもあります。最初は、日本人になりきろうと思ったんですよ。　−−日本人になろうと？　　鏡の前に立って、「べらんめえ調」の練習をした。当時はまだ占領時代のニオイがぷんぷんしているころで、「外人」の僕が話しかけると、結構上手な日本語でも「ノースピーク」とか言われて、すごく腹が立ってさ。だから、日本のサラリーマンが集まる居酒屋に行って、「漢字の書きっくら（書き比べ）やろうか」って誘うの。　−−「書きっくら」と言われたら驚くでしょう。　　「木」「家」から始めて「神経衰弱」なんかを書くんですよ。相手は僕を見くびっているから、中学程度の漢字を選んで書く。「轟（とどろき）」とか書いたら、僕は読めないんですよね。簡単に負かせる。それなのに、僕にどんなに負かされても「轟」を書かない。だから僕は、このために覚えておいた３６画もあるような漢字を書いてみせるんです。みんなに驚かれて、勝利者として酒場を出る。　−−満足した？　　結構ばかばかしくてね。嫌気が差した。そんな時、（俳優の）勝新太郎に言われたんです。「お前さんね、俺たちと同じようにしゃべって、同じように聞こえてよ。だけどね、In Japan,You cannot win」って英語で言う。本当にそうだと思った。それで日本を出ました。　−−日本語という「珍奇なもの」は身につけたのに？　　昔の僕は、奇跡的なくらい流暢な日本語を話せたの。でも言葉が話せたからって、そんなにすばらしいことでもないんですよね。珍奇な芸を持つゆえに、日本で特別な人間に見られることに疑問を感じるようになった。「日本語ができる以上の何かが、自分にあるだろうか」と悩むようになった。ユダヤ人の私がはるばる日本にやってきて、「自分探し」みたいなことをしたところで、どうにもなったもんじゃないですよ。失敗するに決まっている。自伝には、そのことを書きました。　◇John Nathan　米ハーバード大卒。文学博士。「The Colonel Goes to Japan」で米エミー賞受賞、ソニー経営陣にインタビューした「ソニー　ドリーム・キッズの伝説」の著書もある。米カリフォルニア大教授。大学のあるサンタバーバラ市に妻と暮らす。67歳。　【関連記事】翻訳家ジョン・ネイスンさん：三島、大江、安部公房−−夢の日々を振り返る（その１）川端康成　ノーベル文学賞の夜「あんたの代わりにもらったんですよ」肉声再生プレーバック　三島由紀夫は全共闘と激論を交わした三島由紀夫「僕は太宰さんの文学はきらいなんです」今夜も赤ちょうちん　サイデンスさん、しみじみと＝鈴木琢磨　2008年2月29日