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翻訳家ジョン・ネイスンさん：三島、大江、安部公房−−夢の日々を振り返る（その１）ジョン・ネイスン米カリフォルニア大教授＝佐藤哲郎撮影　三島由紀夫「午後の曳航」、大江健三郎「個人的な体験」の翻訳者として知られるジョン・ネイスン米カリフォルニア大教授（６７）が、自伝「Living Carelessly in Tokyo and Elsewhere」を３月中旬に発売する。三島や大江、安部公房らとつきあった６０年代は「夢のような体験」だったと振り返る。自伝では、文壇の華やかな思い出と、日本で「自分探し」に費やした若き日々を描いた。このほど来日したネイスン教授に日本語で聞いた。【聞き手・岡礼子】　　　◇日本語習得は「小猿のペット」　−−日本語に興味を持ったのは？　　ハーバード大時代、日本からの留学生が「ひょうそう（＝やまいだれに『票』、壊疽の『疽』）」という変な漢字を食堂のナプキンに書いたんです。小さな字で爪の内側の炎症を表せる、そんな繊細な言葉があるなら、勉強してみたいと思った。同じ意味の単語が英語にもあるということは後で知りました。翌週、ハーバード大で開講されている日本語のコースを調べると、後に駐日本大使になるエドウィン・ライシャワー先生が初歩の日本語を教えていました。　−−ライシャワーさんのクラスで勉強を？　　大学院のクラスでしたが、入れてもらってがむしゃらに勉強した。当時、ハーバードで日本語を勉強している学部生はいなかったと思います。４年生の時には芥川龍之介の「或阿呆の一生」を読みました。才能があるかもしれないと言われたりして、日本で勉強したいと思った。ライシャワー先生が駐日大使になった時に、来日しました。　−−日本語のどこに魅力を？　　不思議なもんですね。最近、松尾芭蕉を読み返して、改めてすばらしいと感じました。余韻の持つすばらしさ。めちゃくちゃに難しいし。会話では人間関係にも非常に重要な役割があって、敬語もある。でも、一番難しいのは「は」と「が」のわきまえですね。　−−日本人でも、違いを正確に説明できないと思います。　　英語の前置詞と同じようなもので、文法的な説明がつく場合もあるし、つかない場合もあるようですね。日本で育って、肌で知っている人でなければだめなんだ。しかも、文章の中で「は」「が」を間違えると、意味が伝わらないこともある。　−−なぜ日本語を選んだのでしょう？　　当時、友達はみんな詩人で、僕には彼らと競い合う力が備わっていなかった。何か珍奇なものを身につけないと、いっぱしの人間になれないと思ったんです。「ペットに小猿を持ちたい」というのと同じです。しかし、後にはそんな自分に嫌気がさして、映画制作を始めたりして、一時、日本語を完全に捨ててしまった。持続すべきところを持続しない「Carelessly」（だらしない）なところがあるんです。　−−自伝のタイトルは「Living Carelessly in Tokyo and Elsewhere」ですね。　　あなたに「文学に興味を持ったのは？」と聞かれるのも、僕にとっては非常におもしろい。これで「ネイスンの再発見」という本を書きたいくらいだ。水谷八重子（初代）を相手に新派の舞台も踏んでるし、新聞記事もたくさんある。同じようなインタビューを１００回はやっているのに“リセット”されている。ドナルド・キーン先生なら、いま何をしているかに、みんな興味を持つでしょう。彼は持続しているから。自己反省のきっかけになります。　　　◇今の学生「がんぜないが面白くない」　−−今年度、国際基督教大学（ＩＣＵ、東京都三鷹市）で、カリフォルニア大との合同講義をしたそうですね。　　「ラムネからアニメまで」というタイトルです。終戦直後から現代までの文化を学ぶコースをデザインしたんですが、僕自身はほとんど知らないんです。小林よしのりくらいは知っているんだけど、ほかの漫画やアニメは知らない。それで、僕は政治、経済、文学、芝居などを講義して、アニメや漫画の方は日本人の先生が担当しています。　−−今の学生の印象は？　　日本について何も知らない。ほとんどの学生が小林よしのりの「ゴー宣」も知らないの。黒澤明や小津安二郎なんてめっそうもない話ですよ。夏目漱石とか三島由紀夫も彼らの眼中にはない。授業で、彼らに小津さんの映画「秋刀魚の味」を見せました。　−−小津映画を？　　日本のＤＶＤは英語の字幕がないので、僕が弁士になって２時間同時通訳をした。非常に大変だったので、次に森田芳光監督の「家族ゲーム」を見せたときは学生にやってもらいました。結構立派にやりましたよ。日本の学生が小津さんの映画を見たことがないなんて嘆かわしいことですよ。野間宏とか、戦後の作家も読ませて、彼らが当然知っているべき文化を感じてもらうことに、やり甲斐を感じます。　−−日本の学生は日本文化を知らない。アメリカの学生は？　　同じくらいひどい。笑止の沙汰です。子供が悪いんじゃないですよ。社会の関心が非常に低いし、学校（教育）も悪い。日本では夏目漱石や森鴎外を読まないとかね。政治についての関心もゼロに等しい。アメリカの学生も同じだけど、三島由紀夫と学生が討論した（全共闘時代の）ティーチインなんて、今の学生には考えられないでしょう。彼らは非常にがんぜなくて、愛嬌がある。そういうところは好きだけど、面白くないんだね。残念だと思う。（その２に続く）　◇John Nathan　米ハーバード大卒。文学博士。「The Colonel Goes to Japan」で米エミー賞受賞、ソニー経営陣にインタビューした「ソニー　ドリーム・キッズの伝説」の著書もある。米カリフォルニア大教授。大学のあるサンタバーバラ市に妻と暮らす。67歳。　【関連記事】翻訳家ジョン・ネイスンさん：三島、大江、安部公房−−夢の日々を振り返る（その２止）川端康成　ノーベル文学賞の夜「あんたの代わりにもらったんですよ」肉声再生プレーバック　三島由紀夫は全共闘と激論を交わした三島由紀夫「僕は太宰さんの文学はきらいなんです」今夜も赤ちょうちん　サイデンスさん、しみじみと＝鈴木琢磨　2008年2月29日